
システムインテグレーター、フリーランス、事業会社、Web制作・システム開発会社。N.Yさんは複数の環境で、エンジニアとして幅広い経験を積んできました。その中で次の職場に選んだのは、当時、営業情報がスプレッドシートに点在し、開発すべきものがいくつも残されていた営業製作所でした。
入社理由を尋ねると、返ってきたのは「課題しかなかったから」という言葉。自分がつくりたいものを押し通すより、誰かが実現したい事業を技術で支えたい。そんなN.Yさんにとって、経営陣が次々と新しい構想を描き、解くべき課題が生まれ続ける環境は、自分の強みが生きる場所でした。
営業製作所へ入社してから、営業データの基盤整備、自社の電話営業システム、企業データベース、マーケティング・インサイドセールス支援へと担当領域を広げてきたN.Yさんに、転職の意思決定と、制作・開発経験が生きる現在の仕事について聞きました。
開発部 リーダー
高専の情報工学科を卒業後、システムインテグレーター会社へ入社。その後、フリーランス、事業会社、Web制作・システム開発会社で、システム開発やWeb制作、データ活用などに携わった。2023年に営業製作所へ入社。社内システム開発や企業データ基盤の整備を進め、現在はマーケティング、インサイドセールスを含む幅広い領域を技術面から支えている。
高専の情報工学科から、地元に近い大阪のシステム開発会社へ

—エンジニアとしての最初のキャリアを教えてください。
N.Yさん:岡山県の高専で情報工学を学び、卒業後は大阪のシステムインテグレーター会社に入社しました。
地元は岡山県北部です。長男ということもあり、最初から遠い場所へ行く考えはあまりありませんでした。大阪なら高速バス一本で帰れて、少し都会でもある。高専に届いた求人票の中から、情報工学の知識を生かせる会社として選びました。
当時は仕事について深く理解していたわけではありません。「学んだことを生かせそうだから、大阪へ出てみよう」という感覚でした。
技術への自信から独立。フリーランスで感じた「切り売り」の限界
—その後、フリーランスになったのですね。
N.Yさん:はい。最初の会社は歴史が長く、給与水準もそれほど高くありませんでした。自分の技術に自信があり、営業上のつながりもあったので、独立して5年ほどフリーランスをしました。
仕事は取れていましたし、自由に働ける良さもありました。ただ、続けるうちに、今持っている技術を提供する仕事が中心になっている感覚が強くなりました。
フリーランスには、基本的に「今できること」を前提に仕事が来ます。自分の能力を超えるテーマや、長い時間をかけて育てる仕事には出会いにくい。安定して仕事はできても、成長する機会が限られていると感じました。
子どもが生まれたことも転機です。社会保険など、家庭を支える上で会社員の方が安心できる部分もあります。仕事の質と家庭の両面を考え、事業会社へ移ることにしました。
事業会社で、ユーザーに近い開発とデータ活用を経験
—事業会社では、どのような仕事を担当しましたか。
N.Yさん:葬儀関連のWebサービスを展開する会社に入りました。CRMをつくるチームと集客を担うチームがあり、私は集客側で、ユーザーが直接触れるWebサイトやランディングページ制作に関わりました。
施策そのものを企画するというより、実施した施策を正しく評価できる状態をつくることや、数字を見ながら次年度の計画を支えることが中心です。
受託開発とは違い、つくったものが事業や集客へどう影響したのかを継続的に見られます。一方で、事業の繁忙期と家庭の状況が重なり、働き方を見直す必要が生まれました。そこで1年半ほどで転職し、Web制作・システム開発会社へ移りました。
Web制作とシステム開発を横断した5年間
—次の会社では、どのような経験を積みましたか。
N.Yさん:自社のWebポータルサイトの開発・運用と、クライアント向けのWeb制作・システム開発の両方に携わりました。約5年間、Webサイトから業務システムまで幅広く担当しています。
その会社で、後に営業製作所を創業する西島本と出会いました。西島本は新しく立ち上がった代理店営業のチームに入り、翻訳システムやWeb会議サービスなどを販売していました。直接一緒に開発する機会は多くありませんでしたが、わからないことを相談されるなど、仕事上の接点はありました。
当時から、今と変わらず行動力があり、次々と物事を進める人でした。代表が会社を離れ、営業製作所を立ち上げた後も、「最近どうですか」「うちへ来ませんか」と定期的に連絡をもらっていました。
転職理由は、「課題しかない」ことだった

—Web制作・システム開発会社から、営業製作所へ移った理由は何ですか。
N.Yさん:前職で扱っていたのは、限られた予算の中で進めるWeb制作やシステム開発が中心でした。5年ほど続け、仕事にも慣れ、新鮮さが薄れていました。
一方、営業製作所について話を聞くと、解決すべき課題が数多くありました。だから、面白そうだと思ったんです。
自分には、「これをつくりたい」という強い希望があまりありません。誰かに実現したいことがあるなら、それを技術で下から支える方が性分に合っています。
経営陣が新しい事業やサービスの構想を次々と描き、そのたびに技術で解くべき課題が生まれる。営業製作所なら、自分の経験と働き方がかみ合うと感じました。
最初に聞いたのは、営業活動に散らばる情報の課題
—入社前、どのような開発テーマを聞いていたのでしょうか。
N.Yさん:当時、営業支援サービスはすでに動いていて、商談履歴などのデータも1〜2年分蓄積されていました。ただ、情報の管理方法や業務の流れには改善の余地がありました。
最初に聞いたのは、今から振り返ると、会社全体の中では比較的狭い範囲の課題でした。それでも「こうすれば一定解決できる」と、技術的なイメージを持てました。
入社後の最初の3カ月から半年は、営業活動や電話営業の情報を整理し、後から活用できる形で蓄積することに取り組みました。スプレッドシートに点在していた情報に対し、保存する場所と業務の流れを設計していったことが最初の仕事です。
外部ツールに依存していた営業業務を、自社システムへ
—その後、どのように開発領域が広がりましたか。
N.Yさん:営業に使う仕組みを、外部サービスへの依存から自社システムへ移していきました。
たとえば、営業先のリストを作成する機能や、企業へ電話で電話をかけるシステムです。以前は複数の外部ツールやスプレッドシートを使っていましたが、営業活動に合う形で「Eigyo Engine」のシステムへ統合しました。
2023年の夏頃からリスト作成機能の開発を進め、2024年の初め頃に提供を始めました。その後、システム上から電話をかける機能も開発し、2024年の秋頃にリリースしています。
営業先の企業を探し、画面上から電話をかけ、結果を記録する。一連の業務を自社のサービス内で進められるようにしていきました。
システム開発から、企業データそのものの整備へ

—2025年頃からは、データ領域にも取り組んだそうですね。
N.Yさん:はい。機能をつくっても、元になる企業情報が正しくなければ活用できません。そのため、企業情報を集め、正しい状態に保ち、検索や分析に使えるようにすることが次のテーマになりました。
法人単位の情報だけでなく、支店や部署の情報もあります。同じ会社名が全国に複数存在することもあり、会社名だけでは特定できません。法人番号や住所などを組み合わせて、どの会社なのかを判定する必要があります。
ホームページの情報も、企業によって書き方が異なります。従業員数ひとつを見ても、パート・アルバイトを含むのか、関連会社まで含むのかが違う。複数の情報源で代表者名が異なることもあります。
データ量そのものより、何を正しい情報と判断するかが難しい。単純に機械処理するだけでは解決できない部分が多く、現在も改善を続けています。
—そのデータは、どのようなサービスに生かされていますか。
N.Yさん:加工会社ナビをはじめ、企業検索や営業先の選定に使われています。加工会社ナビに掲載している約3万社の情報も、これまで企業データを集めてきた土台があったからこそ用意できました。
データを整える仕事は、画面上では見えにくいかもしれません。ただ、新しいサービスを短期間で立ち上げる上で、共通して使える企業データは重要な資産になります。
今年のテーマは、マーケティングとインサイドセールスの技術支援
—現在は、どのような課題に取り組んでいますか。
N.Yさん:会社として、営業メンバーが使える時間や人員が足りないという課題があります。営業には、実際の商談と、契約後のコンサルティングに集中してほしい。そのため、販売促進やカスタマーサクセスから、より安定して商談機会をつくれる状態をつくろうとしています。
ただ、販促領域にも、以前の営業部門と同じような課題がありました。チラシを送るためのリスト、展示会の名刺、施策ごとの結果などが、個別のスプレッドシートに分かれています。
施策を一覧化する場所は少しずつ整っていますが、そのデータをどのように持ち、何を見れば成果を評価できるかは、まだ改善できます。
フォームから問い合わせた人が、どの施策やコンテンツを見ていたのか。どの企画が商談や契約につながったのか。結果を追跡できるようにして、次の意思決定に使える状態をつくることが現在のテーマです。
新しい市場を開拓するには、データの切り口もつくり直す
—インサイドセールスでは、データをどのように使うのでしょうか。
N.Yさん:現在は、業種・業界、エリア、従業員数などの会社規模を主な軸にして、営業先のリストをつくっています。
ただ、会社が新しい市場へ進もうとすると、既存のデータ項目だけでは足りません。展示会で接点を持った企業を狙いたい、製造業以外へサービスを展開したい、といった要望が出たときに、その条件で対象企業を抽出できる情報が必要です。
「この情報があれば、新しい切り口で営業できる」と判断すれば、情報源を探し、データを取り込み、検索できるようにします。
営業戦略が変われば、必要なデータも変わります。エンジニアは、決められた条件でリストを出すだけでなく、会社が次にどの市場を狙うのかを理解し、その戦略を実行できるデータ基盤をつくります。
制作・開発の経験が、プロダクトの外側でも生きている

—Webサイトやマーケティング施策にも関わっているのでしょうか。
N.Yさん:プロダクト開発を担当するメンバーには、それぞれの領域へ集中してもらいたいと考えています。「ジーエン図面」や「Eigyo Engine」の機能を深掘りすることが、まず重要です。
一方で、採用サイトやサービスサイトなど、社外向けの制作物にも、エンジニアの目線は必要です。正しくデータを取得できる設計になっているか、継続的に改善できる土台があるかを確認しなければなりません。
私は前職でWeb制作やポータルサイト運営を経験しているので、プロダクトの外側にある制作物も一通り見ることができます。誰も拾っていない技術的な課題があれば、自分が入り、必要な土台をつくる。制作と開発の両方を経験してきたことが、今の幅広い役割につながっています。
決められたタスクより、次々と現れる課題を解く
—営業製作所の開発環境は、N.Yさんにどのようにマッチしていますか。
N.Yさん:細かく分けられたタスクを、順番に処理する働き方は、あまり得意ではありません。それよりも、課題が現れたときに状況を整理し、どう解決するかを考える方が合っています。
営業製作所では、営業、顧客支援、データ、マーケティング、採用、Webサイトなど、さまざまな場所から技術的な課題が出てきます。人に任せるほどではないけれど、誰かが解決しなければ進まない仕事もあります。
自分の役割を狭く決めず、必要な場所へ入り、土台を整える。エンジニア側の最後の受け手として動けることが、自分の価値だと思っています。
「何をつくりたいか」より、「何を実現したいか」を支える
—営業製作所のエンジニアを選んだ理由を、改めてどう捉えていますか。
N.Yさん:入社前に感じた通り、営業製作所には課題が数多くありました。そして、会社が成長し、新しい事業が増えるほど、解くべき課題も変わっていきます。
最初は営業情報の整理でした。次にリスト作成や営業電話の自社システム化、企業データ基盤の整備があり、現在はマーケティングやインサイドセールスの支援へ広がっています。
自分が最初から「これをつくりたい」と決めるのではなく、事業側が実現したいことを理解し、技術で可能な状態にする。制作会社、事業会社、フリーランスで経験した、Web、システム、データ、運用の知識を組み合わせながら、必要な答えをつくれます。
完成した開発組織で、決められた機能だけをつくるのではなく、会社の課題を見つけ、仕組みの土台から整えたい。技術を事業の前進へつなげたい。そう考えるエンジニアにとって、営業製作所は経験を横断して生かせる環境です。