
製造業の現場には、熟練者の頭の中にしかない見積の勘所や加工上の注意点、過去の不具合情報など、言葉やデータになりきっていない知識が蓄積されています。そうした属人化を、単なる非効率ではなく、日本のものづくりが抱える技術継承の課題として捉えたのが、営業製作所の図面管理SaaS「ジーエン図面」です。
出発点となったのは、製造業のお客様から営業担当が集め続けてきた声でした。既存サービスを導入しても入力や整理の手間が大きく、定着しない。管理すること自体が目的となり、かえって二重管理が生まれる。そこで営業製作所は、生成AIの進化を前提に、現場の手間を増やさないプロダクトの開発へ踏み出しました。
なぜ営業支援を手がけてきた会社がSaaSをつくったのか。後発のプロダクトは、どのような思想で競争力を築いてきたのか。そして「ジーエン」は今後、どこへ向かうのか。営業製作所の代表に、誕生の背景とこれからの構想を聞きました。
代表取締役
2020年4月に営業製作所を創業。営業支援サービス「Eigyo Engine」や図面管理SaaS「ジーエン図面」など、製造業の現場の声を起点としたサービスを展開している。
図面管理の先にある、技術継承という課題

—まず、「ジーエン図面」はどのようなサービスなのでしょうか。
代表:一言で表すなら、「製造業の属人化を成長に変えるサービス」です。
製造業の現場には、熟練者の頭の中にしかない情報が数多くあります。たとえば、ある図面の製品はいくらで見積もるべきか、どの外注先へ依頼すべきか、過去にどのような不具合があったか、どの設備を使うときに何に注意すべきか。作業を重ねる中で、こうした知識が個人の中に蓄積されていきます。
一方、その根拠となる情報は、画像データの図面、紙、Excel、基幹システム、SaaSなど、複数の場所に散らばっています。熟練者は「この情報はここを見ればわかる」と知っていますが、その人がいなければ必要な情報へたどり着けません。
—単に図面を探す時間を短くするだけではないのですね。
代表:そうです。類似図面検索や図面整理は、その一端にすぎません。本質にあるのは技術継承の問題です。
製造業を支えてきた技術者が、これから次々と引退していきます。しかし、知識を受け継ぐ30代、40代の人材は定着が難しく、若手も採用しづらくなっています。このままでは、熟練者の頭の中にある知識とともに、日本の技術が抜け落ちてしまうかもしれません。
日本のものづくりは、現場ですり合わせながら、何とか形にしていく力に支えられてきました。それは大きな強みである一方、個人への依存という弱みにもなります。その知識を次の世代へつなぎ、日本の製造業の力を残していく。それが、ジーエンシリーズで向き合いたい課題です。
始まりは、お客様から集め続けた「困りごと」

—ジーエン図面は、どのように生まれたのでしょうか。
代表:営業製作所では、お客様の困りごとを営業が聞き、それを社内に集約する仕組みをつくっています。私たちはこれを「ニーズカード」と呼んでいます。
当時は、中小製造業向けの営業支援を中心に提供していました。お客様の声を集めていくと、図面にまつわる属人化の悩みが繰り返し出てきたんです。「社長しか見積もりができない」「工場長しか過去の経緯を知らない」といった声です。
そこで、すでに図面管理サービスを使っている企業にも話を聞きました。すると、システムを導入したものの、現場で十分に活用できていないケースが目立ちました。
—なぜ、定着していなかったのでしょうか。
代表:管理すること自体が目的になり、データを入力・整理する手間が大きすぎたからです。情報がきれいに入っていれば活用できますが、その状態をつくるまでが大変で、結局使われなくなってしまう。
従来のファイル管理と新しいシステムの両方を扱うことになり、二重管理が生まれる場合もあります。それでは、属人化を解消するためのシステムが、新たな属人化を生んでしまいます。
大規模な導入を前提にした高額なサービスもありますが、すべての企業が利用できるわけではありません。現場の実態に合い、手間をかけずに使える仕組みを自分たちでつくれないか。ちょうど生成AIが登場した時期でもあり、その技術を活用して本質的な課題を解決しようと考えたことが、ジーエン図面の始まりです。
初めてのSaaS開発。責任者と半年間、リサーチから始めた
—営業製作所にとって、SaaSを自社開発するのは初めてだったのでしょうか。
代表:会社としてつくるのは初めてでした。まずヘッドハンティングでエンジニアを一人採用しました。そのメンバーが現在も開発責任者を務めています。
そこから、約半年間にわたって市場や現場の課題を調査し、その結果をもとに二人で開発を進め、サービスをリリースしました。
私は前職でAI翻訳SaaSの営業を担当し、大手メーカーの知的財産部門などへ提案していました。そのため、SaaSの販売や事業の伸ばし方についての知識はありました。ただ、自分たちでプロダクトをつくるのは初めてでした。現場の課題と技術の可能性を照らし合わせながら、一つずつ形にしていきました。
「AIは必ず進化する」。モデルの進化を前提にした設計
—開発にあたって、特に重視した考え方はありますか。
代表:AIはこれから必ず賢くなる、という前提を置きました。2年前と現在を比べても、AIの性能は大きく変わっています。そこで、特定の技術をすべて自社でつくり込むのではなく、外部の優れたモデルを取り込み、入れ替えながら進化できる設計にしました。
自社だけでOCRや類似検索の精度向上を追い続けると、開発には限界があります。私たちは、AIの進化を柔軟に取り込める構造をつくり、その上で「どうすれば現場にとって本当に役立つか」に集中しました。
少人数で開発を進める必要があったことも、この判断の背景にあります。あらゆる技術を内製するのではなく、外部の進化を生かしながら、顧客価値に直結する部分へ力を注ぐ。その考え方が、現在のプロダクトにもつながっています。
—AIの進化によって、実際にプロダクトも変わりましたか。
代表:はい。特に類似図面検索の精度は大きく向上しました。現在は、図面の形状だけでなく、図面に含まれる特徴も踏まえて検索できます。
ただ、機能の説明だけでは、本当に使えるかはわかりません。そのため、私たちはまず実際に使っていただき、その上で導入するかを判断してもらうスタンスを取っています。
図面管理は長く使うものです。導入後に「思っていたものと違った」となった状態で契約を続けても、お客様にとって良い結果にはなりません。品質には自信がありますが、押し売りはせず、実際の業務に合うかを確かめていただくことを大切にしています。
最も大切なのは、現場の手間を増やさないこと

—ジーエン図面ならではの強みは、どこにあるのでしょうか。
代表:類似図面検索の精度も強みですが、最も大切にしているのは、お客様の手間をかけないことです。
データを入れたら、あとは探す。できるだけ単純な操作で使えるようにしています。入力や整理の負担が大きければ、どれほど高機能でも現場には定着しません。だからこそ、現場で何に手間がかかっているかを聞き、その負担を減らす形で開発へ落とし込むことが重要です。
中小企業と大企業では、図面管理に求めるものも異なります。中小企業では、「今、図面を探すのに時間がかかっている」といった目の前の業務効率化が重視される傾向があります。一方、大企業では人や部署が多く、数年先を見据えてデータを蓄積し、組織的な属人化を解消したいという課題意識が強くなります。
ジーエン図面も、当初は既存のお客様を中心とした中小企業への提供から始まりました。その後、Web経由で中堅・大企業からの問い合わせが増え、幅広い規模の企業の課題に応えられるサービスへ進化させているところです。
営業が聞き、開発が反映し、再び顧客へ返す
—後発のプロダクトでありながら、どのように改善スピードを高めているのでしょうか。
代表:ニーズカードの考え方は、リリース後も変わっていません。営業がお客様の声を聞き、誰が何を話したのかをデータとして残し、開発へつなぎます。改善が完了したら、契約済みかどうかにかかわらず、その声をくださったお客様へ営業から連絡することもあります。
トライアル中にいただいた要望を、その期間中に改善する場合もあります。自分の声がプロダクトに反映されたと実感していただけることは、今後への期待にもつながります。
営業は、契約やトライアルが始まったら離れるのではなく、その後もお客様をフォローします。継続的に声を聞き、開発チームと連携して改善する。営業と開発のチームプレーによって、リリースと改善のスピードを高めています。
—社名にある「営業」と「製作」が、プロダクトづくりに表れているのですね。
代表:そう思います。AI時代に差別化につながるのは、営業力と商品開発力です。
プログラミングそのものは、AIによって少しずつコモディティ化し、模倣もしやすくなります。その中で重要になるのは、数多くのお客様から正しく声を集め、共通する課題を見極め、何をつくるべきか意思決定し、素早くプロダクトへ落とし込めるかどうかです。
私たちは、開発組織も必要以上に大きくせず、コンパクトで優秀なメンバーが主体的に考えるチームを目指しています。営業から上がった要望を、そのまま実装すればよいわけでもありません。なぜ必要なのか、本当に多くのお客様の課題を解決するのかを問い直し、正しい提案と意思決定ができることが大切です。
他社を否定せず、お客様に選択肢を示す
—販売するときに大切にしている姿勢はありますか。
代表:競合サービスを否定しないことです。それぞれのプロダクトに向いている企業や導入方法があります。全社一括で丁寧なコンサルティングを受けながら導入したい企業もあれば、一部門から手軽に始めたい企業もあります。専任担当者を置き、細かなルールを決めて運用したい場合もあれば、人手をかけずに整理したい場合もあります。
大切なのは、違いを正直に伝え、「御社にはどちらが合いますか」と選択肢を示すことです。ジーエン図面にまだない機能があれば、率直にお伝えします。場合によっては、既存のツールで十分だとお話しすることもあります。
選ぶのはお客様です。営業にできるのは、熱意を持って選択肢を提示し、嘘をつかないこと。無理に導入しても、その先に幸せな未来はありません。目の前の受注だけではなく、導入後も長く信頼していただける関係をつくりたいと考えています。
「ジーエン図面」から、「ジーエン」というブランドへ

—ジーエン図面は、これからどのように進化していくのでしょうか。
代表:「ジーエン」は、属人化を成長に変えるSaaSのブランド名です。現在は図面という領域に向き合っていますが、今後は別の部署や業務にプロダクトを派生させていきたいと考えています。
製造業では、部署、役職、立場によって困りごとが異なります。一方で、企業を横断して見ると、共通する課題も多くあります。現在もお客様の声から生まれたサービス構想が10ほどあり、優先順位をつけながら、どこから着手するかを検討しています。
図面管理にとどまらず、製造業の中にあるさまざまな属人化を見つけ、成長へ変えていく。解決できたときのインパクトが大きいからこそ、この市場には大きな可能性を感じています。
「こんなもんじゃない」。製造業の可能性を広げ続ける
—最後に、今後の事業への思いを聞かせてください。
代表:製造業のお客様を支援しながら、私たち自身も中小企業から大企業まで、さまざまな規模の企業と向き合っています。営業支援、SaaS、代理店、金融機関との提携など、挑戦する領域も広がっています。
まだ、何が次の大きな可能性になるかはわかりません。だからこそ、今のフェーズでは役割を狭く決めず、顧客の課題を解決するために、さまざまな手段へ挑戦することが重要です。
ジーエン図面は、図面をきれいに管理するためだけのサービスではありません。熟練者の頭の中にある知識を組織の資産にし、次の世代へつなぐ。そのために、営業が現場の声を聞き、開発が素早く形にし、再びお客様へ届ける。この循環を続けることで、製造業の属人化を成長へ変えていきます。
営業製作所の事業は、まだ「こんなもんじゃない」。枠にとらわれず挑戦を重ね、製造業と自社の可能性を広げ続けていきたいと思っています。